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サルヴァドールの街歩き
 ようこそ、サルヴァドールへ。
 サンパウロから空路約2時間半、リオデジャネイロから約2時間。ポルトガル統治時代は首都であり、人口270万人のこの街。
 アフリカ国外では、世界で一番アフロ人口が高く、別名「Roma Negra(黒いローマ)」とも呼ばれます。
 また、教会が多く、365もの教会があるとか。
 「それじゃ、1日に1教会、訪問してみましょうか?」 結構大変かも・・・。

 今年、2007年は、ブラジルの中でも重要な歴史文化財が保存されているサルヴァドールの旧市街「セントロ・イストリコ(Centro Historico)」のシリーズをお届けします。サルヴァドールは、1985年にユネスコの世界文化遺産に指定されてから建物の改修が進み、ますますきれいになってきました。
  音楽の道に進んでいなかったら考古学を勉強したかった私としては、色々と勉強になって、ワクワクです。
ラヴァージェン・ド・ボンフィン Lavagem do Bonfim
〜サルヴァドールの人たちの信仰心の象徴、ラヴァージェン・ド・ボンフィン〜
現在は民芸品の市場となっているメルカード・モデロ(Mercado Modelo)。ラヴァ−ジェンの様子がわかります。
シダージ・アウタ(上の町)から観たラヴァ−ジェンの様子。群集が行列を作って練り歩いていきます。
正面には、現在は民芸品の市場となっているメルカード・モデロ(Mercado Modelo)が見えます。
 ラヴァージェン・ド・ボンフィンは、1月の“王の日”の後、第2木曜日に行われる民間の宗教行事です。
 毎年80万人の人たちが、この行事に参加するとのこと。

 ラヴァージェンは「洗う」という意味で、白いバイアナ衣装を着た女性たちが朝早く、 文字通りにボンフィン教会の階段をほうきで洗って行くのです。花や香水を群集に投げかけながら、霊肉共の健康とご加護を祈るものです。


バイアナ(バイア州に住む女性)のメモリアル。
バイアナ(バイア州に住む女性)のメモリアル。建物の内部にはバイアの面白グッズを売るお店があります。
 西暦1745年、ポルトガルのテオドーシオという軍人が、リスボンからあるキリストの聖像を持ってきたことが、この行事の始まるきっかけだとか。
 像は当時、イタパジピ教会に安置されました。そして、像を祭るために1746年から1754年にかけてコリーナ・サグラーダ教会が建設されました。 キリスト像がコリーナ・サグラーダ教会に移されると、民間信仰からか「癒しを受ける」「様々な奇跡が起こる」といわれるようになり、後にセニョール・ド・ボンフィン(良き終わりの主)教会と呼ばれるようになりました。

湾に面して広がる下町(Cidade Baixa)と、山の手にある上町(Cidade Alta)を結ぶラセルダエレベーター ポルトガル統治時代のリオブランコ宮殿 大西洋を望むセー広場にある、巨大な十字架のモニュメント(Cruz caida)
湾に面して広がる下町(Cidade Baixa)と、山の手にある上町(Cidade Alta)を結ぶラセルダエレベーターが見えます。 ポルトガル統治時代のリオブランコ宮殿もすぐ近くに見えます。 大西洋を望むセー広場にある、巨大な十字架のモニュメント(Cruz caida)。

 ラヴァージェン・ド・ボンフィンの行列は、ノッサ・セニョーラ・ダ・コンセイソン・ダ・プライア教会(Igreja da Nossa Senhora da Conceicao da Praia)からボンフィン教会までの約8kmを歩き続け、最後はカーニバルのように音楽で終わります。
ラヴァージェン・ド・ボンフィンの行列
ラヴァージェン・ド・ボンフィンの行列を見た人々が、続々と集まり列をさらに長くしていきます。

 偶然と言って良いのか分かりませんが、ペロリーニョ広場に行こうと思っていた日がまさに、ラヴァージェン・ド・ボンフィンの日でした。
 これも、何かの導きだったのでしょうか。


筆者プロフィール

久枝・高橋・サントス
音大卒業後、ピアノ教師に。結婚を機に13年前にブラジルに渡る。
現在は、サルバドールの海沿いに暮らし、ピアノや歌、日本語を教えている。

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