住めばブラジル
日本からブラジルに移住され、ブラジルの社会・環境問題、移民の記録などを録り続けていらっしゃる映像作家の岡村淳氏の「住めばブラジル」。様々な視点からコラムを書いてくださいました。
ブラジルの滝と我が家の滝
「花嫁のベール」と呼ばれる滝。シャパーダ・ドス・ギマラエンス国立公園(マットグロッソ州)の目玉。
 我らが南米大陸は、さまざまな滝の宝庫です。
 世界最大の規模と水量を誇るイグアスの滝(ブラジル・アルゼンチン・パラグアイ国境)、そして世界最高の落差を誇るエンゼル・フォール(ベネズエラ)を始め、無数の滝があります。

 そもそも南米大陸は西側を走るアンデス山脈を除いて、地質学的には実に古い陸地なのです。やわらかい地層は徐々に削り取られていき、残った硬い地層の大地から流れ落ちる水流が各地で滝を形成しているのです。

 今から10数年前。南米大陸のほぼ中央にある、ブラジルはマットグロッソ州のシャパーダ・ドス・ギマラエンス国立公園に滞在して取材をしていた時のことです。
 サンパウロに残した妻が初めての出産を控え、まだ性別はわかっていませんでしたが、そろそろ我が子の名前を準備しなければなりませんでした。
 私の授かった名前は「淳」、小さい時は女みたいだとからかわれましたが、漢字一文字というのはけっこう気に入っています。我が子も漢字一文字で、できれば父親と同じ「さんずい」シリーズで決めたいなという思いがありました。

公衆「滝水」浴場。シャパーダ・ドス・ギマラエンス国立公園。 ブラジルには隠れた滝がいっぱい。たっぷりとマイナスイオンでリフレッシュ。
 さてシャパーダ・ドス・ギマラエンス国立公園ですが、広大なテーブルマウンテン地帯です。「花嫁のベール」と呼ばれる一条の滝がブラジルでは知られていますが、現地に暮らすガイドによると、公園内には50以上の滝があるといいます。 このガイドから、さる滝の裏に洞窟があり、そこに不思議な古代遺跡があると聞かされました。そういった話がキライではない私は、ガイド料とチャーター車代を奮発して現地に向かいました。
 ハードな土道を現地の人に尋ね尋ねの旅です。途中、車を降りるとガイドも知らないあっぱれな滝が足元を落下していたりします。
 ここでひらめきました。「子供の名前は『滝』にしよう!」「滝」なら、性別フリーで使えそうです。

 日本で滝の観光といえば、眺めて写真を撮るぐらいでしょうか。
 ところがブラジルでは、滝は水浴びのスポットなのです。滝壺を泳ぎ回り、10メートルぐらいまでの滝なら、上から飛び込んだり、滝に打たれての天然シャワーを楽しむのです。さすがにイグアスの滝でこんなことをする人はいないようですが。
 最初に滝浴びの光景を見た時はショックでした。日本では子供の頃、近所の不動の滝で行者が滝浴びの修行をしているのを見たことがあります。
 日本では宗教の修行の場が、ブラジルではイケイケの水着の若い男女の交歓の場になっているとは!

 近年になって、滝は水が大量のマイナスイオンを放出するので、身心のリフレッシュに極めて効果的であることがわかってきました。日本の修験者もブラジルの若者も、直感的にこれがわかっていたんでしょう。私の命名もまんざらではなかったようです。

 ちなみに、我が家の滝は女の子でした。今年で、はや11歳。
 次の休みには、親子でどこの滝に行こうかと、今からソワソワしている名付け親でした。 

 さてさて、前述のナゾの遺跡は・・・次回連載をお楽しみに!

我が家の滝も11歳。 我が家の滝の名付け親。
滝巡りの旅は続く。

◇◆◇筆者プロフィール◇◆◇

岡村淳(おかむら・じゅん)

1958年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒業。考古学と民俗学から、縄文文化と現代の日本文化の相関を探る。
1982年、日本映像記録センター(牛山純一代表)に入社。牛山プロデューサーにTVドキュメンタリー作りを叩き込まれ、壮大なトラウマとなる。処女作は日本テレビ『すばらしい世界旅行』の「ナメクジの空中サーカス 廃屋に潜む大群」。以降、ゲテモノおよび中南米の取材を主に担当して、大アマゾンの裸族、ピラニア、ポロロッカ等々を扱う。
1987年、フリーとなり、ブラジルに移民。
フリーの番組ディレクターを経て、1991年、小型ビデオカメラを用いたひとり取材に開眼。ブラジルの社会・環境問題、移民の記録にこだわり、作品をNHK、東京MXテレビ、朝日ニュースターなどの日本のTVメディアで発表。近年は自主制作によるドキュメンタリー作りを続けている。
最近作に「郷愁は夢のなかで」(1998年)、「ブラジルの土に生きて」(2000年)、「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」(2002年)など。

<バックナンバー>



INDEX