サッカーの王様「ペレ」の由来
さて今日は、ちょっとした「サッカー知識」をお伝えします。
題して「オオタのサッカー雑知識」
今リオでは今月26日まで「ペレ展」が開催されておりますので、サッカーの王様ペレのことを書きます。
サッカーの王様ペレ。今週末にはベスト8戦のブラジル観戦で日本に行きます。さてこのペレは皆さんもご存知のように「本名」ではありません。
本名はEdson Arantes do Nascimentoです。
あだ名の「ペレ」はどうしてついたのでしょうね?
オオタの雑知識では、こんな解答です。
ペレの父親Dondinhoもプロのサッカー選手でした。父親は彼の育ったBAURU町に所属していたため、ペレは小さい時から父親のサッカーの試合を観戦していました。ある時、叔父とペレで父親の試合を観戦していたら、父親の所属するチームには優秀なゴールキーパーがいました。観客は彼のすばらしいプレーにポルトガル語で「BOA
BILE SEGURA BILE GRANDE BILE(素晴らしいよビレ、最高だよビレ)」と叫んでいました。そんな呼びかけが4〜5歳のペレの耳には「BOA
PELE SEGURA PELE GRANDE PELE」と聞こえたそうです。
そうなんです! ペレのあだ名は、聞き間違えた応援の言葉だったのです。それがそのまま自分のあだ名になってしまったんですね。まさか、自分が聞き間違えた言葉が世界に通用する名前になるとは誰が予想したでしょうか?
でも本当は、ペレは「DICO」と呼ばれていました。これ本当のお話だよ。日本語で発音したら、なんと「ジーコ」なちゃうね! でもジーコは「ZICO」でZです、ポルトガル語では
ZICO・・・ジッコ
DICO・・・ヂッコ
でちょっと違うよ! 図式だと、こんな感じ?
DICO = PELE = EDSON ARANTES DO NASCIMENTO
明日は日本の応援でまたまた夜中3時起きします、がんばれ日本!
さて オオタのサッカー雑知識2は、またまたペレのお話。
サッカーの王様ですから、いつからこんなにサッカーがうまくなったのか不思議ですね。父親のプロサッカー選手の血をもっても、なかなかです。これは少年時代、テレビやゲームもない世の中、自然に外で遊ぶようになり、お金がかからず、遊べる子供のスポーツで一番簡単なのがサッカーだったのです。ボール一個で何人でも遊べるスポーツ、それがサッカーです。
ペレもこの時代に少年期を過ごし、朝から夜遅くまでボールを追っかけ、自然にサッカー技術が身に着いたのです。天性の力と自然に遊びの中で生まれたサッカーの技術が今のサッカーの王様の姿です。
彼がまだ7〜8歳の頃彼が所属していたチームの大会では妙なルールがありました。すでにサッカーの技術は8歳の少年以上であったため、ペレがボールをつかむとそのままゴールまで一人でドリブルしてシュート!「ゴ〜ル!」。こんな試合ばかりで、相手チームからクレームがついてしまい、妙なルールがルールができあがりました。
そのルールとは、なんとペレはハーフラインまではボールを持って良いが、ハーフラインから向こうの相手チームには入ってはいけないルールでした。これで互角に試合ができることになりました。
しかしペレは不服で、なんと8歳の少年は14歳以上のチームに入ってしまいました。14歳以上のチームではこのルールはなくなりましたが、年齢には関係なくペレの一人舞台でした。このころからペレのサッカーセンスは育っていたんですね。
さて明日は日本の試合ですね、私も目覚し時計を3時半にセットしてテレビで応援しますから、日本がんばれ!
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